(カナダ)でサステナブルな暮らし

カナダのど田舎へ移住し、手付かずの自然を前にようやく環境問題への意識が芽生えた30代主婦が 地球も自分も健康的でミニマルな生活を目指すブログです。

親友めがけて西の旅

スポンサーリンク

今回の一時帰国で会いたい人が、夫も私も関東圏外にいたので思い切って親友をめぐる旅を計画しました。

旅程は1週間で神戸→広島市内→尾道→土佐。

 

いかに自分が日本のことを知らないか、カナダに来てよくよく思い知らされているのですが

それは歴史や政治的なことだけでなくて、地理的な要素も含まれているなと今回の旅で強く感じさせられました。

 

そもそも興味がなかったから仕方ないかなとは思うけど、日本にいる時からほとんど国内旅行や遠出をしたことがなかったんですよね。

結構驚かれるけど、実は北海道も沖縄も行った事ないです。

なのにいきなり海外移住って実は結構突拍子もなかったのか?!って今更思ったりしています。←

 

今回は人に会うのが目的で、たまたまその地に行っただけではあるけど、知らない土地に上陸して感じることや

知らないことがたくさんあることを知って、凄く知識欲を育ててもらった感じがします。

 

 

旅の全貌を書くのはなかなかの長編になりそうなので、楽しかった思い出は動画でまとめて

感じたことや学んだことを主にブログで残そうかなと思うので、是非どちらもお付き合いくださいませ♪

 

 

 

まず1日目は神戸です。

実は夫は前のりで姫路に別の友人と行っていたため、私は1人新幹線で神戸へ向かいました。

自分でチケットを予約して、1人で乗る新幹線。

何だか遠足感があって、それだけでテンション上がりました。



合流後は友人の奥様が眠るお墓へ挨拶に行ったのですが、めちゃくちゃ眺めの良いところでした。



 

約5年前、訃報が入りかける言葉なんて見つからないけど、とにかく友人が心配だったので夫はすぐに日本へ向かいました。

そのことが嬉しかったから、と今回神戸へ私まで一緒に招待してくれました。

 

お金をかけたからどうというわけではなくて、(*もちろんそこにも重々感謝している。)

とにかく互いを大事に思っているというのが行動として現れていて、友情ってこうゆうことよな…と2人を見ていて感じましたね。

 

その後も神戸を一望できる場所にいくつか連れて行ってもらいました。

ちゃんと見たことがなかったけど、港町も良いですね。夜はさらに綺麗なんだろうな。

 

ちょっと面白かったのが、今回巡った親友全員が結構本気なカメラを持っていること。

 

神戸の親友はすっごく重い望遠レンズを持っていて、お家にはワインセラーのようなカメラの保管棚が鎮座していました。けど仕事にはしていないみたい。

そして尾道の親友のお家に行ったら同じように保管庫が。しかも夫婦それぞれで所有してる。取材とか仕事で使うこともあるみたい。

最後の土佐の親友に至っては、職業:カメラマン なので言うまでもなく。

それぞれカメラ繋がりで仲良くなったみたいな経緯は一切ないので、不思議な一致ですね。



 

神戸の友人と食事をしている時に改まって、どうしてカナダなのか、日本じゃダメな理由はあるのかと聞かれました。

 

元々移住を決めた理由の1つに、夫の持病が良くなるようにストレスフリーな環境に(=日本を離れよう)。というのがありました。

しかし実際のところは、良くなるどころか症状が出てきて薬の量も増え、カナダに来て以降一度も働けずお家で過ごしています。

 

それなら、医療体制が整っている日本でなるべく人が少ない田舎なんかを探して暮らした方が安心だし、私の負担的にも良いのでは

と言うのが彼の問いの意図でした。

 

これまで、夫の症状が改善しないことや一馬力で家計に余裕がないことを見てみぬふりしてきた訳ではなくて

単純にそういった事実に対する解決策として、日本に戻るという選択肢が私たち夫婦の頭の中でかすめもしなかったのです。

この話をされた時に、目から鱗というか、そういう選択肢もあったのか!とある種の衝撃が走りましたね。

 

これまで本当に1ミリも考えたことがなかったので、この日以降、日本で暮らすという選択肢を頭の片隅に置いた状態で過ごすようになりました。

夫とも、なるべくこまめに現状どう思っているかをシェアし合うように取り決めました。

 

深い友情と、大きな議題をもらって広島へ向かいます。

尾道の友人に会うのが目的ですが、せっかく広島へ行くならと原爆資料館と宮島にも寄ることにしました。



原爆資料館は思った以上に外国人が多くてびっくりしました。

日本人は修学旅行生が多かったですね。

資料館の中には英語でガイドをする日本のご老人がいたり、外では班に分かれた学生にそれぞれガイドの人がついて説明をしていたりして

知ってもらおう、伝えていこうとする姿勢に敬意を抱きました。



毎日世界中からこんなにもたくさんの人がここに訪れていて、来たら絶対に原爆だけでなくとにかく戦争のない平和な世界を願うハズなのにどうして…

という気持ちになりました。

そんなに不可能なことなんでしょうかね。。

 

 

 

 

広島市内で驚いたのが、とにかく人が優しいことでした。

きっと常に観光客がいてうんざりすることもありそうなのに、路面電車内で運賃の支払いにまごまごしていたら乗客のおじちゃんがすっと教えてくれたり、路面図を見上げていたら乗務員の方が声をかけて下さったり。

路面電車から電車に乗り換える時は、一緒に駅まで歩いてくれた若い女性の方も。

 

都会と田舎で人の対応が違うというのは聞いたことがあったけど、田舎っていうのは限界集落みたいなレベルの田舎でかつご老人というイメージだったのでびっくりです。

神戸も広島市も栄えているのに人の数が圧倒的に少なくて、東京一極集中という言葉はまさにだし結構深刻だなとも思いましたね。

 

 

旅の4日目は広島市内から尾道へ。

電車が遅延していて、同じホームだからと乗り込んだ電車が違う方面に向かっていることに途中で気づき

近くにいたマイルドにヤンキー味のある青年に尋ねたら、確信がなかったのか親身に調べたりしてくれて

若者の優しさに触れつつ無事到着できました。

 

尾道の親友は、私の中学時代からの付き合いになる友人です。

同じ学校に通ったのは1年だけだし、趣味や将来の夢が同じだったとかそういうことでもなかったけど

なんとなく自分の中でこの人だ!って感覚が当時からあって今に至ります。

学生時代の友人ってたまたま同じクラスになって、同じグループになってなんとなくそのまま続いて、大人になって行くとライフステージや価値観の乖離を補えなくなって疎遠になるパターンが多々あるなと思っているのですが、それとは全く別次元の感覚なんですよね。上手くいえないけど。

私がカナダに移住した数年後には彼女は東京から尾道移住してたので、もう5年とか?

SNS上で移住後の様子をちょこちょこ見ていたので、彼女の暮らしや人とのつながりを実際に見せてもらうのが本当に楽しみでした。

 

小さなコミュニティというのもあるけど、隅から隅まで熟知している感じだし、行った先で知り合いにばったり会ったりしていて、

あぁ、ここでしっかり根を張って生きているんだな…と勝手に安心しちゃいました。

そして自分のエドモントンでの生き方はどうかな…と考えるきっかけにもなりました。

 

面白いコンセプトの洋服屋さんや、たまたま行こうとしたお店が閉まっていたことで出会ったハンドメイド作家さんや、ふらっと寄った刃物屋さんなど出会いも多々あって、こういう日本の小さなコミュニティで暮らしていくのも良いな…と感じさせてくれるところでした。

 

ここのチキンが有名でね…とあるお店の前を通ると本当に良い匂いがして、美味しそう〜と言っていたら店頭で食していたお兄さんが、もし良かったら食べきれないので…と切り分けられたチキンを差し出してくれました。

夫は躊躇いもせず、えっいいんですか?!と受け取っていて、ちゃっかり私も美味しくいただきました。

広島に対する好印象とか、出会いに対する感度が上がっているからか、警戒心とか皆無でしたね。

そして向かいの食事処から出てきたアメリカマダムとも少し交流をしたり。

 

 

広島といえばなお好み焼きとか、しまなみ海道とか、八朔大福とか…は動画であげるとして、とにかく言っておきたいのは

久々のチャリでお尻が痛くなったこと!笑

 

元々予約がいっぱいで、電動自転車がレンタルできない予定が当日ラッキーなことに借りられることになったのですが

電動自転車でも運動不足で筋力のない私にはキツかった…普通の自転車だったらと思うと恐怖でしかないですね。

親友の夫さんがガイドをしていて、60代の自転車なんてうん10年ぶりに乗るわというおばさまをアテンドすることもあるなんて言っていたけど、絶対私の方が体力無いだろうな…

自転車から降りた時若干脚が生まれたての子鹿みたくなったもん。。

 

今回親友のお家に2泊させてもらったのですが、夫さんのお仕事が繁忙期で大変そうなのに受け入れてくれて本当に感謝でした。

しかも普通に4人でおしゃべりして楽しい時間も過ごせて。あの4人での空気感がなんとも心地よかったのでまた4人でも会えたら良いな♪



 

じんわりとお尻に思い出を残しつつ、最後の目的地は土佐へ。

土佐の友人は夫の親友で、東京からではないけど同じく移住して土佐に住んでいる家族です。

 

25年前に新婚旅行も兼ねてバンで日本一周をして、土佐に住むことを決めたそうです。

今でこそYouTubeで、バンで日本一周をしたり地方に移住する人の投稿を見ることができるので一定数いるなという認識ですが、25年前に既にそんなことをしているなんて。。。もはや移住の最先端?先駆者レベルですね。

しかも坂本龍馬が好きだからその地を選んだのも理由の1つとのことで、これまで歴史に興味が向いた事のない私からするとそれもまた衝撃でした。



今はどうなっているのかわかりませんが、当時は役所に物件紹介をしてもらいに行ったら

何処の馬の骨とも分からんやつに貸せる土地はない!と一蹴されたらしいです。

ドラマの中のセリフだと思っていたけど、実際に使われる場面があるなんて。。。!しかも役所で!流石に今はそんな事したらSNSで大炎上かな。

 

田舎の人は優しいという通説とともに、保守的な部分も大いにありますよね。

きっとこれは世界共通な気がするので、自分たちが今後どこで森暮らしをするかは分からないけど

その時まで忘れないようにしよう、と思いました。

 

高知は南海トラフで被害を受ける可能性が高いという話題が出て、そういえば日本は自然災害のリスクが多いんだったなと思い出しました。

カナダも毎年山火事が起きたりしますが、どちらで森暮らしをするにせよちゃんとリスクを把握しておく必要がありますね。

そして今後もし日本で大きな災害が起きた時に、私たちがカナダにいたら家族や友人が逃げて来ることも出来るんだよな…なんて考えも浮かびました。

 

 

高知と言えば、だしちょうどシーズンだった戻り鰹は、もはや私の知ってる鰹のたたきではなかったです。しかも肉厚でまるでお肉。



 

夫の親友の奥様は高校卒業後にワーホリへ行っていて、その後夫の親友もカナダへ行きそこで夫と出会うわけですが

ネットのない時代に1人で海外に行くとか、本当にすごい勇気ですよね。

夫がそうなので必然的にそういう人が周りにたくさんいるのですが、絶対当時の方が珍しい事だったでしょうし(時期的にワーホリ制度が始まってすぐの時代だし)情報収集とかも大変だったんだろうなと思います。

 

だからこそ現地で知り合って仲良くなった日本人の存在は貴重なんだろうなと思うのですが、さらに帰国後もケータイがない時代なわけで。

よく連絡を絶やさずにいられたな…と思います。

 

そして30年以上経った今、連れて来た(何処の馬の骨ともわからん笑)嫁の私まで同じように大事にしてくれて。

家と家が一緒になるのが結婚と言いますが、それは実家同士の話だけでなくて、結婚すると友人や友人家族とも繋がって大きな家族になっていくんだなと感じました。

これは今回の一時帰国でちょくちょく体感させてもらった感覚で、でも結婚したら当たり前に体感できることではないだろうから、本当にありがたく幸せな事だなと思います。

そして改めて、そう思わせてくれるような生き方をして来た夫を尊敬するし、そんな夫と結婚できて良かったな。なんて。

 

最後の最後に身内で締めるのかよって感じですが。←

移住の他に家族というのが1つキーワードとなる今回の旅というか日本滞在だったなと思ったのでした。

 

 

 

👇ブログランキングに参加しています。いつも応援ありがとうございます♪ カナダランキング

海外永住ランキング